150131 sansaku rogo T.jpg散策しているような日常のなかで、素晴らしいものが見つけられたらうれしい。
そんなことを考えながらブログを書いています。

2015年10月07日

ノーベル物理学賞 梶田隆章さん受賞

151006 kajita takaaki.jpg梶田隆章さんがノーベル物理学賞を受賞されました。
昨日(5日)、生理学・医学賞に決まった大村智さんに続く連日の受賞ですね。

日本人のノーベル賞受賞は、計24人(受賞時に米国籍取得者2人を含む)となりました。




ノーベル財団は、
物理学賞に、梶田隆章(東京大学宇宙線研究所所長)、アーサー・B・マクドナルド(クイーンズ大学名誉教授 カナダ)に授与する
と発表。

2人は、それまで重さがないと考えられていた素粒子「ニュートリノ」に質量があることを観測、実証しました。
この発見は、物質の最も内側の動きについての理解を変えました。

151006 super kamiokande.jpg

梶田隆章さんは、スーパーカミオカンデ(岐阜県飛騨市神岡町 世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置)で実証。
アーサー・B・マクドナルドさんは、サドベリー・ニュートリノ天文台(カナダ・オンタリオ州)で実証。

151006  Sudbury Neutrino Observatory.jpg

スーパーカミオカンデ、サドベリー・ニュートリノ天文台ともに、地下に設置された超純水を満たしたタンクにニュートリノが入射したときに反応して生じる光をとらえる観測装置。
ニュートリノの3種のフレーバー、「電子型」「ミュー型」「タウ型」というのがあって、このタイプが変わったり元に戻ったりする(振動する)場合は、質量を持つという理論があります。このニュートリノ振動という現象を確認、質量があることを実証しました。

この2人は、それぞれ実証実験をしたチームの代表。


と書きましたが、私には難しくてよく分からなかったですww。
ニュートリノに質量があると分かり、21世紀の理論物理の方向性に大きく影響した。その功績に対して賞が贈られたということですね。

連日の日本人の受賞。嬉しいですね。

梶田隆章さん、おめでとうございます。









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ラベル:ノーベル賞 科学
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2015年10月05日

ノーベル生理学・医学賞 大村智さん受賞

151005 omura satoshi.jpg大村智さんがノーベル生理学・医学賞を受賞されました。
生理学・医学賞は、2012年の山中伸弥教授以来3年ぶりで、3人目。

日本人のノーベル賞受賞は、昨年の赤崎勇教授ら3人の物理学賞に続き2年連続、計23人(受賞時に米国籍取得者2人を含む)となりました。



ノーベル財団によると、
2015年のノーベル生理学・医学賞を William C. Campbell(Drew University アメリカ)、大村智(北里大学)、Youyou Tu(China Academy of Traditional Chinese Medicine 中国)の三氏に授与する
、とのこと。


151005 filaria.jpg

Dr.Campbellと大村教授がAvermectin(エバーメクチン)という薬の有効成分を発見したことにより、象皮症や河川盲目症(River Blindness)、リンパ系フィラリア症(Lymphatic Filariasis)などの致死率を劇的に低減した。
大村教授は土壌中の微生物(細菌)ストレプトマイセス属Streptomyces avermitilisを大量培養することに成功。この菌が産生する物質の中から寄生虫に有効な成分を同定した。
Dr.Campbellはエバーメクチンから駆虫薬の開発に成功。
大村教授らがエバーメクチンを改良して、人間と動物の両方に有効な駆虫薬(イベルメクチン)を開発した。

Dr.Tuはアーテミシニン(artemisinin)の発見によってマラリア患者の致死率を低減した。
古くから漢方薬として利用されていたヨモギ属の植物から薬効成分を抽出した。


受賞理由など、プレス資料をザッと読んだのですが、難しいところもあってよく分からなかったww。
要するに、今年の生理学・医学賞は、寄生虫から発症する感染症のフィラリア、マラリアの治療薬を発見した研究者に贈られたということですね。
熱帯地域で深刻な感染症の治療薬ですから、多くの命を救った功績を評価されたのでしょう。

日本人の受賞は嬉しいですね。

大村智さん、おめでとうございます。








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ラベル:科学 ノーベル賞
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2015年10月03日

「難民受け入れより国内問題」と安倍首相が発言??

ちょっと前の話ですがw、アルジャジーラの記事(英語版・→これ)で、
「安倍晋三首相は難民のための16億ドルを約束するが、シリア紛争の難民の受け入れは拒否」
というのを見て、どういうことかとロイターの記事なども見てみました。
「シリア難民問題について、国内問題を優先し、受け入れを拒否」
という見出しが並んでました。
日本の報道機関は、「難民支援は人道、人権問題だ。首相は労働者不足の視点でとらえ、女性や高齢者が活躍すれば受け入れなくても問題ないと言った」と批判をしていました。

中東、アフリカの難民支援に16億ドル。シリア、イラク難民への支援は、今年だけで約8.1億ドル。しかし、金は出すけど難民受け入れは考えていない。
確かに “アララ、感じ悪い” と思えますね。

そこで、質問と回答内容がどうだったのか。
(ロイター、ブラントロム記者)
アベノミクス2.0について伺いたい。なぜ、最初の三本の矢から、この新しい三本の矢に変えたのか。そして一部の批評家からは、非常に曖昧だという声もある。政府は、2%のインフレ目標を達成し、持続可能な成長を達成することはできない、あるいは成長を助けることはできないと考えているとの批判もある。それを達成するために、成長主体の計画をするために具体的に何をしようと考えているのか。また、シリアの難民については、日本は新しいお金をイラクにも出すとのことだが、日本が難民を受け入れるという可能性についてはどう考えるか。

(安倍総理)
日本はアベノミクスの三本の矢の政策によって、雇用、所得環境については明確に改善しております。これは、事実が我々の政策の正しさを示していると思います。そして、デフレ脱却までもう一息、というところまで来ていますし、我々は成長できる国へと確実に生まれ変わりつつあります。
しかしながら、日本には長年手つかずであった少子高齢化という構造的な課題があります。そこで、私は「1億総活躍社会」を目指すことにいたしました。この新しい三本の矢は、まさに私たちが目指さなければいけない目標を明確に定めたものであります。
従来の三本の矢の政策は、経済政策の手段を示すものでありましたが、アベノミクス第2ステージの新「三本の矢」においては、具体的な目標を掲げることにいたしました。第一の矢は、従来の「三本の矢」を強化することによって、戦後最大の経済に向け、GDP600兆円を目指す「強い経済」。その上で人口1億人の維持のため、第二の矢として、国民の希望する出生率1.8を達成するための子育て支援。そして第三の矢として、これは団塊の世代が介護を必要となる年齢に近づいていくわけでありますが、その子供たちの世代が、これは第二次ベビーブーマーの世代になるわけでありますが、彼らが両親の介護のために離職するという事態になれば、これは経済に大きなダメージを与えることになるわけであります。そうした不安を払拭していくことも我々に求められているわけであります。介護を理由に仕事を辞める人がゼロになるという社会を創っていくための社会保障という2本の矢を加えることにいたしました。いずれも一朝一夕には成しえないわけでありますが、この新たな三本の矢を全力で放ち、新たな国づくりを進めていきたいと思います。
そして、今回の難民に対する対応の問題であります。これはまさに国際社会で連携して取り組まなければいけない課題であろうと思います。人口問題として申し上げれば、我々はいわば移民を受け入れるよりも前にやるべきことがあり、それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります。同時にこの難民の問題については、日本は日本としての責任を果たしていきたいと考えておりまして、それはまさに難民を生み出す土壌そのものを変えていくために、日本としては貢献をしていきたいと考えております。

首相官邸HPから


どう読むかは、皆さんで考えてくださいww。

アベノミクスへの質問とあわせてされていますね。

受け入れを表明したドイツなどは、労働者不足(低賃金の)を抱えていて、難民受け入れを歓迎する人たちがいること。日本にも同じ考えの人がいること。
従来から、日本は現地での貢献が重要で難民を生み出さないようにするというのが基本的な考え方だったと思う。
そもそも、シリア難民が日本行きを希望しているとも聞こえて来ない。
そう考えると・・・・・・どうなんでしょう。
ただ、目の前の問題からは冷たい対応だとは思えます。




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ラベル:ニュース
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2015年10月02日

2015ノーベル賞発表日程

151002 Nobel medal .jpg

ノーベル賞発表の日程が報じられていますので、メモしておきます。(自分用のメモですww)

2015年 ノーベル賞の決定・発表日程
(以下、表記時間はスウェーデン現地時間。日本とスウェーデンの時差は7時間)

  10月5日(月)午前11時30分  生理学・医学賞
  10月6日(火)午前11時45分  物理学賞
  10月7日(水)午前11時45分  化学賞
  10月9日(金)午前11時    平和賞
  10月12日(月)午後1時    経済学賞
  現時点で未発表        文学賞


今年は、どんな方が受賞されるのでしょうか。








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2015年09月01日

東京五輪エンブレム白紙撤回

2020年東京オリンピックのエンブレムがベルギーのThéâtre de Liège(リエージュ劇場)のロゴに似ていると指摘され、デザイナーから告訴された問題で、このエンブレムの使用を取りやめることを発表した、とのことです。

東京五輪エンブレム白紙撤回 佐野氏作品、批判高まり
2020年東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会は1日、ベルギーの劇場ロゴに似ているとの指摘を受けるなど批判が高まっていた佐野研二郎氏(43)デザインの大会エンブレムを白紙撤回し、新エンブレムを再公募を含めて選考し直すことを決めた。新国立競技場(東京都新宿区)の建設計画に続き、大会のシンボルが相次いで見直される前代未聞の事態となった。既にエンブレムを使用しているスポンサー企業などへの影響も懸念され、組織委の責任が問われそうだ。
会見した武藤敏郎事務総長によると、同日午前に佐野氏、審査委員代表を務めた永井一正氏と協議し、佐野氏から撤回の申し出があった。
2015.9.1 共同通信
他のニュースでは、佐野さんからの撤回ではなく、組織委員会の決定で使用中止とされています。どちらにしても、あのエンブレムは使わないということですね。

おさらいとしては、

150724 tokyo olympic emblem.jpg
 ←これが佐野研二郎さんのオリンピック・エンブレム



150729 logo Theatre de Liege.jpg
 ←こちらがThéâtre de Liège(リエージュ劇場)のロゴ



報道によると、佐野さんのエンブレムを選んだ審査委員お方々、大会組織委員会、プロのデザイナーの人たちは、全く違うものに見えるそうです。
私の目には、そっくりに見えます。多分、私の目に問題があるんでしょうねww。

「エンブレムはベルギーのマークとは異なるものだが、使い続けることに国民の理解が得られない」と中止した理由を説明したそうですが、苦しい言い訳にしか聞こえません。

あと、原案が東京で開催された「ヤン・チヒョルト展」のポスターに類似していること、組織委員会に提出されたエンブレムの活用イメージ画像にインターネット個人サイトにあった画像を無断で流用したこと、なども問題になったことも影響があったようです。
佐野さんも、組織委員会も、杜撰だなぁ・・・・・・。

150726 弔旗 .jpg

以前にも書きましたが、弔旗に見えたりと好ましいデザインだと思えなかったので、変更には大賛成です。
 →「2020東京オリンピックのエンブレム なんだか・・・・・・」
 →「パクリ??? オリンピックのエンブレム」


新たなエンブレムを再公募するとのことです。
今度こそ良いものを選んで下さいね。







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2015年08月14日

戦後70年談話

出す意味があるのか? といわれた戦後70年の『内閣総理大臣談話』。
私は出さなくても良いと思っていたのですが、出すというのなら意味のあるものにして欲しいと思った次第。
閣議決定され、発表されました。

結論としては悪くなかったのではないかと思います。
他国への配慮がうかがい知れますが、日本人に向けた部分は良かったと思います。
「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」というところは、そのとおりだと。


自分用のメモですが、全文を貼り付けておきます。


内閣総理大臣談話     [閣議決定]

終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

そして七十年前。日本は、敗戦しました。

戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日       内閣総理大臣  安倍 晋三



英文もあったので、それも貼っておきますね。→ 英文を見る
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