150131 sansaku rogo T.jpg散策しているような日常のなかで、素晴らしいものが見つけられたらうれしい。
そんなことを考えながらブログを書いています。

2005年12月16日

妄言、建築家さまへ

少し時事ネタを書きます。

プロフェッション(profession)というと、欧米では弁護士、医師、そして建築家をイメージされるそうです。
日本では、弁護士、医師と同列に専門的職業(社会的に認知された)として建築家を思い浮かべる方は少数ではないでしょうか?
弁護士であれば依頼人の権利を守るために、医師であれば疾病者の回復をさせるために専門的知識を発揮している人。概念として、依頼者の代理人として専門的な知識に基づき職務を遂行する人たちをイメージするわけです。もちろん、専門的職業人として公平で中立的な判断も求められます。
建築家は、建築主の代理人として、かつ、工事請負人の必然的な要求を建築主へ課す中立的な者として職責を持つ人たちと考えれば、同列に考えて然るべきでしょう。
現実は寒い状況にあるようです。


昔は、大工の棟梁が設計も施工も担っていたわけです。今で言う設計施工ですね。
技術的な裏付けがあって、建て主の要望に応えていたわけです。
棟梁と言われる人は、経験が豊富で配下の職人たちをまとめ上げる人間性が求められていたと言われます。
国宝となっている建築物も名工といわれる棟梁たちが中心となって作り上げたものです。

日本の建設業は、非常に優秀だと言われています。
技術的に劣った設計者による図面からでも、工事に当るスタッフによって建築物が出来上がっていきます。
欧米では見られない関係だと言われます。
しかし、最近は、状況が変わってきたようです。

今回の耐震強度偽装事件を見ていて、最初は建設会社が気付かなかったのが不思議でした。最近の報道では、もっと複雑な関係があることを示唆されています。悲しいことです。事実の解明を待つことにします。

でも、一番不思議なことがあります。
今回の事件で技術的に総括していたはずの設計者=「建築家」の顔が見えてこないのです。
構造設計者は本来「建築家」の協力者です。「建築家」は偽造を見抜くのも仕事のうちだと思ってはいけないのでしょうか?
関係者の責任転嫁の発言ばかりで怒りを覚えます。その中で、本来の技術的な責任者である「建築家」の所在が不明と言って良いほどです。残念なことです。

アメリカの建築家フランク・ロイド・ライト(1867-1959)は、工事請負者を選ぶに当って「仕事を知らない善人より仕事が出来る悪人」の方が良いと言っています。理由は「私が見張っていて、悪人に仕事をやらせたほうが良いものが出来る」から。
こう言える建築家が沢山いて欲しいものです。

最後に、私は今回の耐震強度偽造事件には非常に怒りを覚えていること、不動産や建設業界とは全く関係していないことを言っておきたいと思います。念のため。
posted by MOTO at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言・2005〜06 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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