(マサダに行く途中、バスの窓から死海が見えました)
マサダ
朝早くにホテルを出発、死海近くにあるマサダに行きました。
バスはセントラルステーションから出ています。所要時間は1時間30分ぐらい。
入り口のビジターセンターでロープウェーの乗車券(含む入場料)を買います。私は往復券にしましたが、片道もあります。
上り下りとも徒歩でもいけるそうです。(私には無理ww)
入り口すぐに映写室があって、数分の説明映像が見られます。(英語でした)
パンフをもらえました。
ロープウェーで上に行きます。
マサダ(ヘブライ語で要塞を意味する)は切り立った崖で囲まれていて、難攻不落といわれていたそうです。
ユダヤ戦争がおこり、70年にローマ軍によりエルサレムが陥落。逃れたユダヤ人967人がここマサダに立てこもり、ローマ軍と対峙したました。
ローマ軍は攻めあぐね、要塞の西側の崖下に盛り土、突破を図ります。2年に及ぶ作業で盛られた土により崖が埋まり、要塞への侵入が可能になりました。
陥落目前となったとき、ユダヤ人たちは自決しました。ただ、ユダヤ教によると自殺は認められていないので、仲間に殺してもらいます。最後の一人は自殺せざるを得ません。その最後の一人はくじを引きで決められたとのことです。
穴に隠れていた2人の女と5人の子供だけが生きのびたと伝えられています。
この遺跡は、1838年に発見されました。
模型ですね。
ローマ軍が盛り土をした跡だそうです。
攻城のイラストもありました。
日本的な見方だと、白虎隊の悲劇に似ているのかもしれません。
エリコに向かいます。
エリコ近くのイエスが洗礼を受けたと言われているクサルアルヤフードに行くためです。
マサダから直接行くことができるのかどうか結局わからなかったので、エルサレム経由で向かいました。
ダマスカス門近くのアラブバス乗り場のから東エルサレムにあるAl Ezariya(運転手さんにエリコに行くと言って降ろしてもらった)へ行き、乗り合いタクシーに乗り変えてエリコへ。結構手間でしたw。
エリコの中心部にタクシー乗り場がありました。
クサルアルヤフード
クサルアルヤフードは、死海に流れるこむヨルダン川にあります。国境にあるこの聖地は軍により管理されていたのですが、最近、観光客にも開放されました。
沐浴する信者たち。
隣国ヨルダン側にある教会。
対岸はヨルダン領です。このときはヨルダン側で沐浴する人はいませんでした。
国境にあるところなので、少なくない人数の兵隊さんが警備していました。ヨルダン側にも兵士が見えました。(もちろん撮影は自重)
エリコに戻り、国境のアレンビー橋(ギング・フセイン橋)からヨルダン・アンマンに戻りました。
この日の移動はハードでした。こういう計画を立ててはいけませんね。
夜にはアンマンから成田へ出発。
旅も終わりです。
次のエントリーでは、世界一厳しいと言われるイスラエル入国のことを書こうと思います。

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